ほとんどの人は「自分で決めたくない」人かもしれない

noteに「誰かが何かをしてくれるのを待つ」のをやめるという記事を書いたら、大きな反響がありました。

面白いなと思ったのは、「自分で決めたくない人もいるのでは」という反論があったことです。

そうなんです。
ほとんどの人は、自分で決めたくないんですよね。
こちらにきている小学生と話していても、「インターの先生にいちいち意見を言えと言われて、意見なんてないから困る」ってお子さん、結構います。

自分で決めるのは怖いし辛い

以前、元共産主義国の人と話してて、自由主義になってさぞかし楽しんでると思ったら、
「以前の方が気楽で安心できてよかった」と言われて驚いたことがあります。
「守られてる幸せ」と言うのもあるのかもしれません。

そう。自分で考えるのは面倒臭いし怖いんです。
他の人にしたがってた方が気楽だし間違いもなさそう。
それに自分で何かを決めて行動するには、エネルギーが要ります。

自分が何者か、をよーく知らないといけません。
自分に向き合う作業って、結構辛いんですよね。
嫌なところ、ダメなところも見ないといけないので。

その上で、選択肢を精査して決断を下さないとならないです。
他人が行ってない道は、ものすごく怖いんですよ。
私もマレーシアに来るときは結構勇気がいりましたね。

失敗したこともないから失敗が怖い

以前も書いたけど、日本では、みんなこの練習をしてきてない。
「自分で決めて」「行動して「失敗する」を経験してない。
親が決めた習い事をずーっとやって、親が勧めた学校に行ってたら、
そりゃ、経験することがなかなかできないです。

一方で、誰かに勧めてもらったり、決めてもらったりするのは楽なんですよ。

さらに、自分で決めて行動すると、責任も自分で取らねばなりません。
失敗したときに「親が勝手に決めたから」「会社の命令で仕方ない」
などと愚痴を言えなくなるわけです。

多分みんな「自分の決めたことの責任」を取りたくないんじゃないかなー。

「お母さん決めて」という子は、失敗した時にお母さんのせいにできる。
うまくいかなかったとき、「だってお母さんがそう言ったじゃん」と相手を責めることができるわけです。

転勤で海外に来て馴染めなくても、「いや会社の命令だから」と逃げられる。

ところが自分で決めたことには、自分で責任を持たねばなりません。
「こんなはずじゃなかった」と思っても愚痴を言えないわけですよね。

そんなわけで、私は自分で決めて勝手にやっている感覚が楽しいと書いたけれど、
実際にはそうじゃない人たちもいっぱいいて、それはそれでハッピーならいいんじゃないの、って思います。

「自分で決める人」になるか「決めない人になるか」それ自体も一つの選択なのかもしれませんね。

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